特に「労働対価を伴っている」「市場での所有権の移転が伴わない」という点が、奴隷ではないのではないか、と思う要因になっている気がする(・ω・)
議論屋が知っておくべき3つの事柄
1:どんな論理的文章にも隠れた前提条件がある。ときにその条件は受けいれがたい
2:何かと何かの間には、実は明確な境界がない場合がしばしばある。また境界線があっても、それが妥当とは限らない
3:論理的であることは、人の心を動かす決定的な要因ではない
1:どんな論理的文章にも隠れた前提条件がある。ときにその条件は受けいれがたい
2:何かと何かの間には、実は明確な境界がない場合がしばしばある。また境界線があっても、それが妥当とは限らない
3:論理的であることは、人の心を動かす決定的な要因ではない
うん、まぁ、今回は性が絡む話だったけど、そうでなくてもね。例えば、「共産主義では、人は能力に応じて貢献して、必要に応じて受け取るべきだってされてるよね」って言ったのに対して、「それは間違っている!人は成した成果に応じて受け取るべきである!お前のような云々」とかって噛み付かれる。
重要なのは、まず間口、次いで量的主力、それからコア、前衛。コアが弱ればジャンルの形はぼやけるし、前衛が弱ればテーマや技術の開拓が遅れるけど、間口や量的主力を失うほどに致命的ではない。コアや前衛のために間口や量的主力を軽んじるってのは、首を犠牲に手足を守るようなもんだ
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